
現在の自動車業界は、電動化やコネクテッド技術の進化により、機械(ハード面)の品質に加え、ソフトウェアの品質が重視されつつあります。
こうした中、車載ソフトウェア開発の現場を支える国際的な標準規格が「Automotive SPICE(A-SPICE)」です。
本記事では、A-SPICEの基礎から導入のメリット、そして最新のv4.0の動向までを詳しく解説します。
Automotive SPICE(A-SPICE)とは
Automotive SPICE®(オートモーティブ・スパイス、通称A-SPICE)は、自動車業界におけるソフトウェアおよびシステム開発プロセスの「成熟度」や「能力」を評価し、改善するための国際的な枠組みです。
A-SPICEは、ISO/IEC 15504(SPICE)というソフトウェアプロセス改善・能力測定モデルを基盤としています。もともと汎用的な規格であったSPICEを、欧州の自動車メーカー(OEM)たちが中心となり、自動車産業特有の要件に合わせて拡張・策定したものがA-SPICEです。
A-SPICEの目的
A-SPICEの最大の目的は、OEMとサプライヤーの間で開発プロセスの品質基準を共通化することにあります。
Perforce Softwareなどの専門企業も指摘するように、車両開発におけるソフトウェアの比重が増大する中で、サプライヤーが適切なプロセスで開発を行っているかを客観的に評価する物差しが必要でした。
A-SPICEは、自動車向けに特化された「プロセス参照モデル(PRM)」と「プロセス評価モデル(PAM)」を備えており、開発現場の実態を可視化し、弱点を特定して改善するためのモデルとして活用されています。
A-SPICEが必要とされる3つの背景
背景①自動車システムの高度化
近年、A-SPICEへの対応が強く求められるようになった背景には、自動車システムの高度化に伴うリスクの増大があります。
近年の自動車には、EVのBMS(バッテリーマネジメントシステム)やOTA(無線アップデート)機能など、複雑なソフトウェア・システムが搭載されています。
こうしたシステムの大規模化・複雑化により、開発上のリスクやサプライヤーごとのプロセスのばらつきが課題となってきました。一つの不具合が車両全体のリコールにつながる可能性があるため、品質担保の重要性が高まっているのです。
背景②属人化からの脱却
現在のシステム規模は数千万行を超え、一個人の能力で全体を把握することは不可能です。
仕様変更や派生開発が頻発する中で、属人的な開発手法を続けていては、バグの混入や納期の遅延を防ぐことができません。組織として標準化されたプロセスを持ち、誰が担当しても一定の品質を担保できる、エンジニアリングの体系化が急務となっています。
構造的にリスクを管理し、品質を担保できる仕組みが求められており、その解としてA-SPICEが採用されています。
背景③サプライチェーン・発注構造の変化
自動車産業のサプライチェーンは世界中に分散しており、開発に関わるサプライヤーの数も膨大です。各社で開発手法や品質基準が異なれば、それらを統合した際の品質保証も困難となります。
そのため、OEMはサプライヤーに対してA-SPICEのレベル取得を求めることで、プロセス成熟度を一つの統一基準として利用しています。
A-SPICEの構成
A-SPICEは大きく分けて「プロセス座標」と「能力座標」という2つの軸で構成されています。「どのプロセスを実施するか(What)」と「どれくらいのレベルで実施できているか(How well)」の2軸で評価する仕組みです。
プロセス座標(PRM)
プロセス座標(PRM:Process Reference Model)は、車載システム開発に必要なプロセスを体系化したものです。ドイツ自動車工業会(VDA)内の品質管理センター(QMC)が定義するこのモデルには、システムエンジニアリング(SYS)、ソフトウェアエンジニアリング(SWE)、管理プロセス(MAN)、支援プロセス(SUP)など、多数のプロセス群が含まれています。

出典:AutomotiveSPICE Version 3.1
各プロセスには目的や成果物、実施すべき活動(ベースプラクティス)が明確に定義されています。このモデルに照らし合わせることで、組織は自分たちの開発において「どのプロセスが欠けているか」「どこが弱いか」を客観的に把握し、改善対象を可視化できます。
能力座標(Capability Dimension)
能力座標では、各プロセスがどの程度の水準で運用されているかをレベル0からレベル5の6段階で評価します。単に作業を行っているだけでなく、計画や管理がなされ、組織の標準として定着しているかといった成熟度を測定します。
各レベルの概要は以下の通りです。
| レベル | 名称 | 概要 |
| レベル 0 | Incomplete(不完全なプロセス) | プロセスが実施されていない、または目的を達成していない状態。成果物が不完全。 |
| レベル 1 | Performed(実施されたプロセス) | プロセスが実施され、目的は達成されている。ただし管理は不十分で属人的。 |
| レベル 2 | Managed(管理されたプロセス) | プロセスが計画・監視・管理されている。成果物が適切に維持され、プロジェクト単位で制御されている。 |
| レベル 3 | Established(確立されたプロセス) | 組織の標準プロセスをベースに、プロジェクトごとに最適化されたプロセスが確立・運用されている状態。 |
| レベル 4 | Predictable(予測可能なプロセス) | 定量的なデータを用いてプロセスが管理され、パフォーマンスが予測・制御できる状態。 |
| レベル 5 | Innovating(革新的なプロセス) | 定量的なフィードバックに基づき、継続的にプロセスの改善・革新が行われている状態。 |
OEMがサプライヤーに要求するのは、一般的にレベル2またはレベル3です。この評価軸により、組織全体だけでなく、個々のプロセス領域ごとに詳細な成熟度を判断することが可能になります。
A-SPICEと他の国際規格との関係
自動車開発にはA-SPICE以外にも、機能安全規格ISO 26262やサイバーセキュリティ規格ISO 21434、組織成熟度モデルCMMIなどが存在します。
| 規格・モデル | 対象領域 | 主な目的 |
| Automotive SPICE | 開発プロセス全般 | プロセス能力・品質の向上 |
| ISO 26262 | 機能安全 | 故障・誤動作による事故防止 |
| ISO 21434 | サイバーセキュリティ | ハッキング・不正アクセスの防止 |
| CMMI | 組織全体のプロセス | 組織成熟度の向上(汎用) |
機能安全(ISO 26262)との関係
ISO 26262は、システムの故障や誤動作による事故を防ぐための「機能安全」に特化した規格です。安全に関わるハードウェア・ソフトウェアの開発手法や要求を定めています。
これに対しA-SPICEは、開発プロセス全体の「成熟度と能力」を評価する枠組みです。両者は「A-SPICEが良いプロセスで開発することを保証し、ISO 26262がその中で安全性を特に担保する」という関係にあります。ISO 26262に準拠するためには、しっかりとしたプロセス基盤が必要であり、実務上は両者をセットで運用することが推奨されます。
CMMIとの比較
CMMIは汎用的な組織成熟度モデルであり、自動車業界に特化しているわけではありません。一方、A-SPICEは自動車産業特有のサプライチェーン構造や組み込みシステムの要件に特化しています。
実務的には、これまでCMMIを利用していた組織が、自動車関連ビジネスの拡大に伴ってA-SPICEへ移行するケースが多く見られます。基本的な改善の考え方は共通しているため、CMMIの知見はA-SPICE導入においても有効に活用できます。
サイバーセキュリティ(ISO 21434)との整合性
コネクテッドカーの普及に伴い、サイバーセキュリティ対策は必須事項となりました。ISO 21434はこの領域をカバーする規格ですが、A-SPICEもこれに対応して進化しています。
Siemens Blog Networkなどでも触れられているように、最新のA-SPICEではサイバーセキュリティを考慮したプロセス群の追加や拡張が進められています。セキュリティ対策は開発ライフサイクル全体に組み込まれる必要があり、A-SPICEの枠組みの中でISO 21434の要求を実現していく動きが加速しています。
A-SPICE導入のメリットと注意点
A-SPICEへの取り組みは、OEMの要求を満たすだけでなく、組織自体に多くのメリットをもたらします。A-SPICE導入によって得られる主なメリットは以下の通りです。
・可視化
・品質向上
・コスト改善
・標準化
導入メリット
最大のメリットはプロセスの可視化と標準化です。プロジェクトごとにばらつきがあった手法や成果物を統一することで、品質の安定化が図れます。Confluentが挙げるように、品質・信頼性の向上はもちろん、手戻りの削減による納期・コストの改善も期待できます。
また、定量的管理が可能になる点も重要です。レビュー回数やバグ検出率などのKPIを設定し、データに基づいた改善サイクルを回すことができます。さらに、OEMと共通の評価基準を持つことで、契約交渉や取引条件の明確化にもつながります。
注意すべき落とし穴
「レベル取得」だけを目的にしてしまわないよう注意が必要です。実態を伴わない形式的なプロセスや、アセスメントのためだけの大量の資料作成が目的化すると、現場の負担が増し、かえって開発効率が低下します。
プロセス改善は文化の変革でもあります。現場が納得し、実務に役立つ形で導入されなければ定着しません。また、他の規格との整合性を後回しにすると、作業の重複や矛盾が生じる可能性があるため、全体最適の視点を持つことが重要です。
A-SPICE対応を成功させるための実践ステップ
A-SPICEを定着させ、継続的に成果を出すためには、計画的な導入ステップが必要です。「現状把握から始め、改善を回す」というサイクルを意識しましょう。
ステップ1:現状分析とスコープ設定
まずは自社の開発プロセスの現状を正確に把握することから始めます。どのような手順で開発し、どのような成果物が作られているかを“見える化”します。
その上で、改善に取り組む範囲(スコープ)を設定します。最初から全てを完璧にするのではなく、重要なプロジェクトや優先度の高いプロセス領域から段階的に着手するのが現実的です。
ステップ2:プロセス標準策定とエビデンス整備
次に、A-SPICEの要件を満たす標準プロセスを策定し、文書化します。誰が、いつ、何をインプットに作業し、何を出力するかを定義します。
同時に、プロセスが実施された証拠(エビデンス)を残す仕組みを整えます。レビュー記録やテスト結果、変更履歴などが客観的な証拠として必要になります。ツールを活用し、日常業務の中で自然にエビデンスが蓄積される環境を作ることが鍵です。
ステップ3:運用サイクルの確立と実績づくり
プロセスを作った段階では、まだ入口に立ったところです。A-SPICE対応は、そのプロセスを実際のプロジェクトで使い、運用しながら手直ししていくところから本格的に始まります。
まずは、定義したプロセスをいくつかのプロジェクトに適用し、KPIやダッシュボードで実施状況や品質を確認します。定期的にプロセスレビューや振り返りの場を設け、見つかった課題をもとに、手順やテンプレート、ツールの設定などを少しずつ調整していきます。現場の負担感や運用しやすさも合わせて確認し、回しやすい形に整えていくイメージです。
TÜVなどの第三者評価機関によるAutomotive SPICEレベル2/レベル3のアセスメントを視野に入れる場合は、とくに「定義したプロセスに沿って進めた実プロジェクトの成果物」を蓄積しておく必要があります。
プロセスの設計そのものよりも、その後の定着と維持に時間と工数がかかる前提で計画を立てておくと、現実的なA-SPICE対応のロードマップを描きやすくなるでしょう。
最新A-SPICE v4.0での変更点
2023年12月、Automotive SPICE® v4.0がリリースされました。これは従来の枠組みを拡張し、急速に複雑化するモビリティ技術に対応するための大幅なアップデートです。
v4.0では、ソフトウェア定義車両(SDV)の開発実態に合わせ、以下のような新しい要素が追加・再編されました。
・HWE(ハードウェアエンジニアリング)プロセス群の追加
・MLE(機械学習エンジニアリング)プロセス群の追加
・プラグイン方式による拡張機能の導入
従来はソフトウェア中心でしたが、ハードウェア開発(HWE)が正式に追加されたことで、システム全体を統合的に評価できるようになりました。また、自動運転技術の中核となるAI開発に対応するため、機械学習(MLE)のプロセスも整備されています。さらに、必要な機能を選択して適用できるプラグイン方式が採用され、柔軟性が向上しました。
まとめ
Automotive SPICE(A-SPICE)は、自動車業界におけるソフトウェア開発の品質と信頼性を担保するための重要な国際標準です。複雑化するシステムやグローバルな開発体制に対応し、OEMとサプライヤーをつなぐ共通言語としての役割を果たしています。
今後、コネクテッドカーや自動運転車、OTAによる機能更新が普及・拡大する中で、A-SPICEの重要性はますます高まると予測されます。
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